「はぁ・・・」
思わず溜め息が零れてしまう。
(今日もちゃんと話せなかったな・・・)
今朝の事を思い出して暗い気分になってしまう。
結局あの後遥先輩と一緒に登校は出来たものの、その間ずっと頭の中は真っ白で会話の内容は全く覚えていない。というか、そもそもまともに会話できていたのかがまず怪しい。
―――いつもこうだ。
折角憧れの先輩と朝の時間を共有出来たというのに、それを全く活かせてない。
家を出るタイミングが良いのか、登校時に先輩と顔を合わせる事はままある(合わせない場合の殆どで先輩は朝練に行っているので、その場合体育館に行けば練習中の姿を見ることが出来る)。
それなのに私と言えばいつもテンパってしまって折角のチャンス(!)が全く意味のないものになってしまっている。
(むしろ、マイナスになっているんじゃ・・・)
先輩も折角声を掛けた相手がまともに話もできないんじゃ、きっと声をかけた事を後悔してしまう事だろう。
そう考えると溜め息の一つや二つは出ようというもの。
でも―――
(・・・先輩、今日も素敵だったな)
頭の中で声をかけてくれた時の先輩を反芻する。
そしてその後のあの急接近・・・
「うへへへへ・・・・」
「―――恵子」
「ひゃい!?」
目の前にまたしても顔の大アップ!
これは夢?それとも私、妄想を具現化する能力に開花したんじゃ―――
「・・・ってなんだ、華凛か」
「何だとは何さ」
「いや、ごめんごめん」
残念ながらそこにいたのは先輩ではなく華凛だった。
「まぁいいけど。そんな事より、恵子ひどい顔してたよ」
「うそっ!?」
ひどいとは何かっ!
「何かでへっとしてた。あと気持ち悪い声が出てた」
「ぁぁぁああ・・・・」
どうやら遥先輩の事を考えているうちに表情に出てしまっていたらしい。
教室でにやけた自分を想像して思わず顔を覆ってしまう。
「どうせまた先輩の事でしょ?」
華凛にしてみれば心得たもの。
呆れたような表情でこちらを一瞥する。
「妄想するなとは言わないけど、TPOを弁える事をお勧めするよ?」
「・・・はい」
ぐぅの音もでない。
素直に頷いて彼女を見やると、華凛は制服ではなく体操服に身を包んでいた。
「・・・あれ、次体育だっけ?」
記憶が確かなら次はLHRだったはず。
ここ最近は次の球技大会の話し合いで―――
「・・・あっ!」
「思い出した?」
「思い出しました」
そうだ、そういえば今朝のSHRの時に・・・
「今日は体育館とれたからバレーボールの練習するんだっけ」
「そうそう」
腕を組んでうんうんと大仰に頷く華凛。
この学校は生徒数の多さに比例して当然クラスが多い。その数学年ごとに何と10クラス(ちなみに私の中学は4クラスだった)。
当然設備も広かったり複数あったりするのだが、それでも球技大会前などは場所取りに苦心するとか。
「折角いいんちょが押さえてくれたんだから、頑張らないとね」
気合を入れているらしい華凛に頷いて、私も体操服に着替え始める。
紺のブレザーを椅子にかけて、ワイシャツのボタンを一つずつ外してゆく。
「・・・・・・」
ブレザーも着ているし今日は中にキャミは着て来なかった。
そのまま持ってきた白い体操服に手を―――
「・・・うりゃっ!」
「きゃん!?」
通そうとしたところで華凛が私の胸に手を伸ばした。
そのまま下から支えるように手を動かしてくる。
「ちょ、ちょっと華凛っ!」
「ふむふむ・・・」
ふにふにと揉みながら頷く華凛に、非難するような目線を向ける。しかし彼女は一向に意に介してくれない。
「・・・んっ、やだぁ・・・」
こちらの状態など全く気に掛けない動きに肌が粟立つ。
微かにこすれる先端に意識が集中する。
「・・・・・っ、」
「恵子・・・」
少しかがんで華凛が私の顔を下から覗き込んだ。
真正面からじっと見つめられて私は・・・
「また大きくなった?」
「なってない!!」
無遠慮な質問に思わず声を荒げてしまった。
しかし当の華凛はそんな事全く意に介さず、未だ手を動かしながら首を傾げている。
「えぇ・・・おかしいなぁ」
持ち上げたり挟み込んだりと、好き放題しながら"?"マークを浮かべる華凛だが、こっちからすればおかしいのは彼女の行動の方だ。
「はぁ・・・もういいから離して。着れないじゃない」
「はーい」
素直に手を離した華凛を呆れた様に見てから、今度こそ体操服を通した。
スカートの下からハーフパンツを履いて下もさっと着替えてしまう。
「ほら、頑張るんでしょ?」
ようやく身支度を終えた私は華凛に向かって手を伸ばす。
彼女はすぐに嬉しそうにするとその手をきゅっとつかんだ。
「おう!頑張ろう!」
「ふふ、もう・・・」
意図的に出したであろう低い声に思わず笑ってしまう。
「よっしゃ!そんじゃ今日こそジャンプサーブ決めるぞー!」
空いた手をグルグルまわして気合を入れる華凛。
そんな彼女を微笑ましく眺めているうちに、私は先程までの暗い気分がいつの間にか晴れている事に気付いたのだった。