百合好きによる百合小説掲載ブログ

現在公開している小説は長編一本のみです。投稿順に読んでいただければ問題ないので、初めは「私立桜花女学園・恵子の場合①」からスタートして下さい。またこのシリーズには性的な描写を含む場合があります。

私立桜花女学園・華凛の場合①

それを聞いた時の感想は「ああ、ついに―――」だった。

私、高梨華凛は中等部からこの私立桜花女学園に通う、いわゆる内部生ってやつだ。
自分で言うのもあれだが社交的で明るい性格をしているため友人は多い。同じ内部の子はもちろん、高等部からの外部組とだってすぐに仲良くなれた、
今目の前にいる少女、高橋惠子もその内の一人だった。

 

私が初めて彼女と出会ったのは入学式の日。私達は高梨と高橋で、出席番号がお隣だった。
一目見た時から外部組だとわかった。見覚えがない事もそうだが、内部生特有の雰囲気みたいなものを感じなかったからだ。
式の最中、何となく私はその子に目を遣っていた。
その子はいつものように長ったらしい学長の話にうんうんとしきりに頷きながら真剣に聞いていた。その様子がやたらと微笑ましく感じたことが、彼女に興味を持ったきっかけだったと思う。

面倒なだけの式が終わり教室に移動する。式で左隣に座っていた彼女は、教室では私のすぐ後ろの席だった、
ホームルームが始まるまでの間にクラスメイトが各々に談笑を始める。ざっと見たところ彼女以外にこのクラスに外部生はいない。みなそれぞれに元々の友人や、或いは顔くらいは知っていたが初めて一緒になる生徒達と交流を深めていた。
そんな中、彼女だけは椅子に座って顔を俯かせてじっとしていた。
女子というのものは和を好み、異物に対して排他的になる。このクラス唯一の異分子である彼女は、排斥まではされないだろうが積極的に触れようとされなかった。
彼女の右で、左で、後ろで。輪になって談笑を続けるクラスメイト達。囲まれた彼女は自分の存在を無くそうとするかのように小さくなっている。

「―――華凛!」

さりげなく彼女の事を観察していた私にもお声が掛かった。
見やった先にいたのは中等部1年の頃に同じクラスだった見晴玲緒奈(みはるれおな)。父親がどこぞの会社を経営しているとかで、いわゆる社長令嬢ってやつだ。

「玲緒奈、同じクラスになるのは久々ね」
「本当だよぉ!あーん、会いたかったー!」

そう言って玲緒奈は座ったままの私にギュッと抱き付いた。
そういえば彼女は昔からスキンシップが激しかった気がする。

「はいはい。クラスは違っても一緒に遊んだりしたてでしょー?」
「したけどー、でも違うのー!」

胸にぐりぐりと頭を擦り付けられて少しこそばゆい。
天然物ではない栗色の髪が、つむじから綺麗に流れているのが見える(ちなみにこの学校は髪を染める他、ピアスなどと言ったものに対しても規則が緩い)。

「ねぇねぇ!折角同じクラスになったんだし、一緒に遊びにいこっ」
「今日はー・・・」

今日は確か部活はない。
描きかけの絵があるので先生に言えば美術室は使えると思うが、特別急いで仕上げるようなものではなかった。
ちらりと、先程まで観察していた高橋さんに目を向ける。
彼女は先程から動いた様子もなく、ずっと机を見つめていた。
私は立ち上がって、彼女の傍に。

「ごめんね、今日はこの子とデートなんだー!」
「!?」

横から肩を抱いて引き寄せる。
当たり前のことだが、何も聞いていなかった彼女は目を白黒させてこちらを見ていた。

「えー、私も一緒じゃダメなのー?」
「ふふふ、今日は二人きりなのです♪」
「ちぇー、じゃあまた今度!今度は一緒に遊ぶよ!」
「ん、おっけー」

しぶしぶと引き下がり、玲緒奈は自分の席へと戻っていく。ちょうど担任が教室に入ってきたようで、他の生徒達も話を切り上げて席に着き始めた。
私は高橋さんの肩を離してから彼女に言った。

「ホームルームが終わったら、また」
「えっ?・・ぁ・・・」

未だどういう話の流れだったのかわかっていない彼女は、まともに返答をする事もできず、何か言いたげな様子だったがそのまま言葉が発せられる前にホームルームが始まった。

 

 

それから私たちは少しずつ仲良くなっていった。

あの日律儀に私に付き合ってくれた恵子は、初めのうちこそまごまごとしていたものの、帰る頃には少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていた。
そうして何度か、時には他の友人を交えつつ放課後に遊ぶようになって、二人で一緒に昼食を摂るようになって。
段々と、私は恵子と過ごす時間が増えていった。
私以外に仲の良い友達が出来ていない恵子は、必然私の誘いを断る事はなかった。
私がケーキが食べたいと言えば付いてきたし、初めてだというカラオケにもつれていった。二人きりで遊園地にも行ったし、互いの家に泊まった事もあった。
出会ってより一か月半。私たちは急速に距離を縮めていた。

その日、彼女は私の部活に付いてきていた。
正確に言うと部活動は休みだったのだが、中途半端に終えている作品が気になったため先生に鍵をもらって続きを描きにきたのだ。私は一人で作業を進めるつもりだったのだが、一度絵を見てみたいという彼女を断り切れずにこうして一緒にやってきたのだ。

「わぁ、すごい―――」

私の描きかけの絵を見た恵子は口をぽかんと開けて呟いた。

「華凛って、こんな絵を描くんだ・・・」

あまりにもキラキラとした目で見つめられるものだから、気恥ずかしくなって頬を掻いてしまう。

「なぁによー、へったくそな絵が出てくると思ったのー?」
「そ、そんなことないよ!」
「えー?だってそんな―――」
「だってだって!本当にすっごく上手で、それでびっくりして!」

握りしめた拳を上下に動かしてすごい勢いで捲し立ててくる。
恵子がこんなに興奮しているのは初めて見たかもしれない。そしてそれをもたらしたのが自分の絵であるという事が、たまらなく嬉しかった。

「すごい・・・華凛すごい!私こんなに上手な絵、初めて見たもん!」
「そんな、私より上手な人なんて世の中には五万といるよ」
「ううん、華凛が一番すごい!他の皆にとってはわからないけど、私にとっての一番は華凛だよ!」
「――――――」

その時だっただろうか。或いはもっとずっと前、入学式で隣に座る彼女を見た時だったかもしれない。
私が、恋に落ちたのは。

「・・・ぁ、そ、そう・・・かな」

急にまともの返せなくなった。
普段自分がどうやって会話をしているのか思い出せない。

「そうだよ!うわぁ、本当にすごいなぁ・・・」

幸い恵子は私の絵をじっと見ている。
有難かった。今こちらを見つめられたら私のおかしな様子に気付かれてしまう。

「わ、私にとっても・・・」

そんな恵子の横顔を、じっと見つめながら。
私は、小さな声で呟いた。

「・・・私にとっても、恵子が一番だよ―――」

小さく、小さく、呟く。
絵に集中している彼女が、私の声に気付くことはなかった。