そして数日後の放課後。
私は校舎裏で九条先輩と対峙していた。
「来たけどぉ・・・なぁにぃ?」
九条先輩はいつも通りふわふわとした雰囲気で私を見つめている。
「ちょっと・・・聞きたいことがあって」
お腹に力を込めて緊張を押し込める。
極力平静を装って私は続けた。
「九条先輩は、その・・・見城先輩の事が、その・・・」
「はるかぁ?」
見城先輩の名を挙げても表情が全く変わらない。
もしかして考え違いかと思ったが呼び出してしまった以上後には引けない。
「・・・・・好き、なんですよね?」
少し間をおいて、尋ねた。
私は表情の変化を逃さないようじっと見つめ―――
「そーだよぉ」
「――――――」
しかし先輩はあっさりと肯定した。
(あれ、動揺するとか取り繕うとかそういう・・・)
もっと何かあると思っていたのに。
見城先輩があんな感じとはいえ、普通女の子同士の恋愛となったらもう少し人目を憚るものではないだろうか。少なくとも私は・・・
「それでぇ?・・・あっ、もしかして恋の鞘当てってやつ~?」
「ち、違いますっ!!」
全く動じた様子もなく淡々としている彼女にこちらの方が動揺してしまう。
「えぇ、違うのぉ?」
眉を顰めて考え込む。その愛らしい姿に、何故だか無性に腹が立った。
「―――あ、わかったぁ!」
「・・・何がです?」
「キミ、私と寝たいのねぇ?」
「・・・・・・はぁっ!?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
寝たい?寝たいというのが文字通りなはずはなく、この場合はやはりそういう意味だろうか。
「だってだってぇ、私はキミの事知らないものぉ」
「・・・初対面ですから」
「そういう時ってぇ、大抵私のウワサを聞いてる場合が多いからぁ」
九条先輩の・・・噂?
そういえば見城先輩の事で頭がいっぱいになっていた為九条先輩についてはあまり調べなかった。
今回呼び出したのだって先輩が見城先輩に好意を持っていると思ったから。それだけで他に理由はなかった。
「違うのぉ?」
「よくわかりませんが・・・違います」
「残念・・・えっと、それじゃぁ―――」
「九条先輩の噂はいいです。それよりも九条先輩は見城先輩の事が好きなんですよね」
「さっきそう言ったよぉ?」
間延びした口調にひどく苛立つ。
(もうちょっとハキハキ喋れないの・・・?)
見城先輩も何でこんな人と親しくしているのだろう。
「・・・はい、聞きました。だからですね―――」
「わかったぁ」
「は?」
またしても言葉をさえぎられる。
両手をパンと叩いて、九条先輩はこちらに目を向けた。
「キミはぁ、はるかが邪魔なのねぇ?」
「っ・・・!」
ズバリと言われ、心臓が止まった。
「だからぁ、私にはるかとくっついてほしいんだぁ」
九条先輩の様子は先程までとまるで変わらない。
「そっかそっかぁ、だから私を呼び出したのねぇ」
私を苛立たせる、間延びした話し方。
「そっかぁ・・・」
それが、急に変わった。
「私、アンタみたいな奴大嫌い」
「――――――・・・ぇ」
背筋まで凍るような、冷たい言葉だった。
先程までのぱっちりとした瞳が鋭く細められ、私を射抜く。
「要するにさぁ、アンタ遥に恋人を奪われたんだ」
「なっ―――」
「・・いや、そうじゃないよねぇ。多分恋人じゃなくて片思い。しかも怖くて告白も出来てない感じかなぁ」
冷たい針が次々と私の胸を刺す。
九条先輩はこちらの事などまるで気にもかけずに言葉を続けた。
「だから遥に恋人を作って諦めてほしいんだ。自分から奪う覚悟はないから、自分じゃ遥に勝てないから。だから他人を動かして自分の都合のいい状況にしたい」
「わ、私は―――!」
「一番楽だもんねぇ。失敗しても自分は傷つかないし、また他の方法を考えればいいだけ。ノーリスクローリターンって感じかなぁ。いやぁホント女の子らしい厭らしさだねぇ」
一歩ずつ、九条先輩が私の方へと歩み寄る。
気圧され、足が勝手に下がる。
やがて私は壁に背をぶつけた。
「―――ホント、惨めな子」
九条先輩の手が、私の頬をそっと撫でた。
ゾクリと背筋が震え、体が委縮する。
「わ、わた・・・ぁ・・・」
まるで蛇ににらまれた蛙のよう。
何か言い返したいのに、言葉が全く出てこない。
「卑怯で、卑小で、卑屈で。いっそ愛おしく感じるわぁ」
撫でた手がそのまま下に滑り、私の胸に添えられた。
「ねぇ、このまま色々と教えてあげましょうか?」
形を確かめるようにさわさわと蠢く。
反対の手が上がり、私の前髪をどかして額にキスをされる。
「キミ未経験でしょぉ?多分片思いの子も。だからさぁ・・・」
唇は離れず、そのまま耳へと降りて耳たぶを食む。
私の身体は拒絶どころか動かす事も出来ない。
完全に為すがままになった私の耳元で、先輩が囁いた。
「―――覚えちゃえば、その子も堕とせるかもよぉ?」
―――パンッ
乾いた音が鳴った。
それが私が先輩の頬を張った音だと気づいた瞬間、私は先輩の腕を払って駆けだしていた。
振り返ることなどできない。
私はそのまま学校を出て走り続けた―――