それから―――
私の日常は大きく変わった。それは或いは、客観的に見れば小さな変化だったかもしれない。
学校で廊下を歩いている時、すれ違ったの先輩と挨拶をするようになった。
やる事のなかった放課後に定期的な予定が組まれた。
朝の登校時、たまにだけど先輩と一緒に歩くようになった。
不格好は見せられないと、朝の身支度に掛ける時間が倍になった。
今までの生活が楽しくなかったわけではない。けれど、先輩を意識してからの生活は本当に輝いているようであった。
だから、それは当然の帰結だったと思う。
鮮やかさ増すほど、輝きが増すほどに影もまた濃く暗くなる。
先輩に対する思慕が募るほどに、暗い欲求が頭をもたげていく。
先輩を・・遥先輩を―――
(・・・私だけのものにしたい)
理性ではわかってる。しかしその感情を御し切れるほど、私の精神は成熟していなかった。
だから私は、その欲求を発散する必要があったのだ。
「んっ・・・くぅ・・・・」
今日も・・・・そう、今日も。
家族が寝静まったあと、私は一人自分を慰めていた。
「ぅあああ・・・ん・・・」
今日は久しぶりにお昼を先輩とご一緒できた。
その時の事をぼんやりと思い出す。
背筋を伸ばし、美しい姿で食事を摂る先輩。
白いお米をつかんだお箸が、柔らかそうな唇に飲み込まれてゆく。
口の中に食物を置き、戻される箸が唾液に濡れて微かに光る。
「せんぱ、ぁい・・・・!」
咀嚼し、嚥下された食物で喉が動く。
そんなごく普通の光景にさえ興奮してしまう私は、きっと変態なんだと思う。
「ああぁ・・・ごめ、ごめんなさい・・・」
美しい先輩を情欲の種にする事に、先輩にいやらしい感情を向ける事に。
心の底から申し訳なく思う。
しかしそれこそがまた快楽のスパイスとなるのだ。
「ふっ・・・くっ・・・!」
布の上からいじっていた左手をショーツに滑り込ませ、直接そこをいじる。
十分に濡れそぼった秘所はそれを待っていたかのように指に絡みついた。
「いやぁ・・・私、わたしぃ・・・」
ぐちゅぐちゅと激しい音を立てて擦る。
空いた右手を上に持っていき、人よりも大分大きな胸を掴んだ。
「せんぱい、こっち、こっちもぉ・・・!」
いつの間にか、私の身体をいじっているのは遥先輩になっていた。
遥先輩の長い指先が、私の乳輪の淵をそっとなぞる。
「ひぃっ・・・ぁ・・!」
こそばゆい快感が体の表面を走る。
指の動きに反応した先端が、ふわっと膨らんだ。
「せんぱい・・!さきっぽ、さきっぽもっ!」
先輩は双丘を優しく捏ねるだけで先に触れてくれない。
堪えきれずに私は先輩に先をねだってしまう。
「おねがいです、・・・さきっぽぉ・・・」
私の懇願に先輩はくすっと嗤った。
『さきって・・・どこの事?ちゃんと言ってくれないとわからないよ』
わからないはずがない。
ただ意地悪な先輩はそれを口に出させることで私の羞恥心を煽っているのだ。
『ほら・・・どこ?ここかな?それともここ?』
見当違いの場所ばかりを先輩がつつく。
そんな焦らしに耐えられるはずもなく、私は泣きながら先輩に訴えた。
「ち、ちくび!乳首です!」
直接口にすることで恥ずかしさが一気に膨れ上がる。
それと同時に快感のギアが一つ上がった。
『・・・よく出来ました♪』
そう言って先輩の指がついにそこに触れた。
「あんっ!・・、あ、ぅぁあ!」
待ちわびた刺激に体が跳ね、漏れ出る声も一段と大きくなる。
「い、いぃい・・!きもちぃ・・・っ、!」
下半身に当てられた手の動きも激しさを増し、私は一気に昇り始める。
「せ、んぱ、いっ!・・・も、ぁ!いぅ・・・っ!」
言葉を紡ぐのが難しくなっている。
思考は快楽に染まり、世界が白く染め上げられていく。
『ふふっ・・・ビクビクしてきた。ねぇ、イクの?イキそうなの?』
楽しそうに笑う先輩の声が聞こえる。
言葉を咀嚼することもなく、私は反射的に答えていた。
「い、いきま、すっ!も、ぅい・・き、!」
スパートをかけるように先輩の手がさらに早さを増した。
更に上と下と、両方の先端を強くこすり上げられる。
「ぎっ!・・あっ、だめ、れ・・いきっ!」
強すぎる刺激が快感を超え、衝撃となって脳を貫く。
そして一瞬の後、私は体を引きつらせて―――
『いいよ・・・ほら、イっちゃえ♪』
「っっっつ!あ!い、くっ・・・!」
激しく、絶頂を迎えた。
――――――
「―――・・・・ふはっ・・・・」
溜め込んだ息を大きく吐き出して、体を弛緩させる。
激しかった鼓動が徐々に落ち着くにつれ、ぼやけた視界も明瞭になっていった。
(あぁ・・・・)
また、またやってしまった。
ここのところ毎晩・・・とまではいかないが、少なくとも二日に一回よりは多いペースで自慰をしてしまっている。
言うまでもなく、"おかず"は常に遥先輩。
(うああああぁぁぁ・・・・)
自己嫌悪に塗れる。
たとえ妄想の中とはいえ、あの美しい先輩を穢してしまった。
いや、妄想だけではない。
先日など練習中の遥先輩を見ながら達してしまった。
あの後、先輩と目が合ったような気がした私は直ちに濡れた床を拭いてその場から走り去った。
あまり人が立ち寄る場所じゃないとはいえ、学内。しかも階下では先輩たちが真剣に練習に取り組んでいる最中だ。
こんなの―――
(・・・こんなの、完全にただの変態だよ・・・)
それ以外の何物でもない。
万が一誰かに知られでもしたら身の破滅だ。そういう危険性を伴った行為が、自制できていない。
これはきっと、本当にまずいことだ。
「何とか・・・」
何とか、しないと。
しかし何とかと言っても、果たしてどうすればよいというのか。
私は今まで恋というものをロクにしてこなかった。
異性に対する憧れや好意を感じないではなかったし、当時はこれが恋なのだろうとも思っていた。
でも違った。
激しい感情を知ってしまった今ならわかる。あれは周りの空気に流された、気の迷いのようなものだったのだ。
(これが、本当の恋)
狂おしい程の激情。
心の痛みが体にまで波及して胸を締め付けている。
頻繁にしてしまっている自慰も考え物だ。あそこまで体が痙攣して頭が真っ白になるのだ。あまりやりすぎると体に良くないに違いない。
(・・・他の子は)
他の子は、どうなんだろう。
恋というのは何も私だけが患っているものではない。
他の女の子だって私と同じように恋をして、身の焦がれるような想いをしているはずだ。それなら誰かに話を聞くか、或いは悩みを打ち明けるというのもありなんだろうか?
(うぅ・・・でもなぁ・・・)
これで万が一私の行為が異常だと証明されてしまったら・・・
(・・・立ち直れないかもしれない。というか、そんな事知られたら居場所もないかも)
・・・打ち明けられない。
少なくとも、軽いノリでクラスメイトに明かせる話ではなかった。
だから、もし相談するのなら余程親しい仲の相手。少なくとも話を聞いても私を見捨てないでくれる人。
そんな相手は、私には一人しかいない。
「・・・華凛」
あの少女なら、私の話にも向き合ってくれるだろうか。
蔑まず、一笑にも付さず。真剣に耳を傾けてくれるだろうか。
華凛とはまだ色恋の話はあまりしたことがない。
私は遥先輩に出会うまでそういう事と無縁だったし、華凛も恋などで悩んでいる素振りを見せた事はなかった。
日々は他愛ない話だけで楽しかったし、隣にいて一緒に笑いあうだけで幸せだった。
けれど、華凛だって恋の一つや二つは経験があるに違いない。
むしろあんなにも可愛いのだから、或いは以前に交際の経験だってあったりするのかも。
(・・・それって、華凛は、もしかしてもう―――)
生々しい想像をしかけて慌てて頭を振った。
とにかくまずは華凛に少し話を振ってみよう。
(その、そういう事はなるべく伏せて、あくまで普通の恋の悩みみたいな感じで・・・かるーく・・・)
・・・そしてあわよくば、深いところまで。
うん、そうしよう。
方針が固まると、安心したのか急に眠気が訪れる。
「ふぁっ・・・ぁ・・・」
口をおさえて大きくあくびをし、間もなく私は眠りに就いた―――