意を決し、次の日の放課後に私は華凛の事を自宅に誘った。
運よく急ぎの作業もないという彼女と一緒に、私は学校の前の坂を下る。
時折彼女の横顔をちらちらと窺いながら、私はどのように話すべきかと、もう朝から十分に考えていたことに更に頭を悩ませる。
その様子に気付いているのかいないのか、華凛は普段と変わらない調子で私の横を歩いている。
程なくして私の家に着き、まだ両親の帰らない家の鍵を開けて華凛を招く。
彼女も勝手知ったるもので、私が飲み物の準備をしている間にさっさと私の部屋へと向かってしまった。
冷蔵庫にあった作り置きの麦茶を二人分用意して、私も部屋に入る。
「おまたせ、麦茶でいいよね?」
「うん、ありがとー」
華凛はクッションの一つを抱えたまま、冷えた麦茶に手を伸ばす。
私はベッドの端に腰かけ、もう一つのコップを手に取った。
冷たい麦茶が喉と一緒に頭も少し冷やしてくれる。
「・・・そんで、今日はどうしたのさ」
喉を潤した華凛が問いかけてくる。
こうやって聞いてくるという事は、彼女も私が何かしらの相談事で呼び出したのだと判っているのだろう。
自分の事を理解してくれている。頼もしい友人の反応に少しだけ心が軽くなる。
「・・・うん、あのね・・・」
少し言いよどむ。
私がこれから話そうとしているのは恋の話。だけど普通の恋じゃない。女の子同士の恋の話だ。
華凛がそのことで差別的な態度をとることがないのは知っているが(流石女子校だけあって、クラスで憧れの先輩について目を輝かせて話す子は決して少なくない)、それが自分の友人であっても変わらないだろうか。万が一自分がそんな目で見られたら堪らないと距離を置かれたりはしないだろうか。
(・・・ううん、華凛はそんなことしない)
小さく深呼吸をして、意を決する。
そして私は、彼女に自分の想いを打ち明けた―――
<―華凛side―>
―――ああ、ついにこの時が来てしまった。
あの日からずっと覚悟していた。
いつの日かこうやって、彼女の想いについて相談され、そして私は協力してあげなくてはいけないのだと。
あの日からずっと恐れていた。
いつの日かこうやって、彼女の想いが言葉となって私を突き刺してしまう事を。
だからずっと、私はそれを冗談交じりに茶化す事でその時を先延ばしにしていたというのに―――
「・・・私、どうすればいいのかな・・・」
どうすればいいのか、聞きたいのは私の方だった。
けれど私はそんな自分の想いなど露ほども見せず、真剣な顔で彼女を見つめ返す。
「まず先に確認しておきたい」
ここにおいて、私はそれでも、まだ希望を捨てきれずにいる。
「それは、間違いなく恋なの?憧れとか、周囲の空気に惑わされているのではなく、本当に恋だって断言できる?」
その言葉に、彼女は沈黙し俯いた。
だけどそれは本当に短い時間で、すぐに彼女は顔を上げて答えた。
「・・・断言できるよ。私は・・・先輩に恋しているの」
「――――――」
ああ、もう・・・・
彼女の顔を見ればわかる。いや、そんな事ずっと前から分かってた。
それでも改めて口に出されることで私の心はこんなにも痛みを訴えている。
シクシクと、ズキズキと。胸が締め付けられるように痛む。一人きりであれば私は恥も外聞もなく泣き叫んでいたかもしれない。
「だからお願い。華凛に相談にのってほしいの・・・」
潤んだ目で訴える彼女が、今一番恐れている事は何か。
不幸にも他人の機微に聡い私には分かってしまう。
だから私は、自分の恋が破り捨てられているこんな状況でも、こうして暗い悦びを感じてしまっているのだ。
「・・・うん。大丈夫、私に任せなさい!」
「華凛―――!」
私の返答にぱぁっと明るくなる。
それは恋の悩みの解決への糸口を得たためなどでは決してない。
それは、"私が彼女を拒絶しなかった事への安堵"なのだ。
だから・・・
(だから、ああ―――)
私はこれから、決して抜け出す事の出来ない沼へと、自ら足を踏み入れるのだ。