LHR2コマをがっつり使った練習が終わってお昼休み。
カバンからお弁当を取り出したところで華凛から声が掛かった。
「やー、お腹空いたね」
一時間半近くも動いたはずなのに彼女から疲れは感じられない。先輩とは違うが、この子もまたエネルギーに満ち溢れたタイプなのだろう。
「うん、学食いこっか」
「おー!行こうぞ!」
私には親しい友人と言えば華凛くらいしかいない。
別にクラスメイトと話が出来ないとか浮いているとかではないが、仲が良いのは彼女くらいだと思う。
対する華凛と言えばこの明るさだ。当然クラスに親しくしている友人も多く、休み時間などは私以外の子達ともよく話をしている。
(それなのに・・・)
華凛が私以外と昼食に行く姿を、私は見たことがない。
何らかの用事があったりする場合は別だが、そうでもない限り私たちはいつも二人で学食に向かっている。
「~~♪~~~♪」
前を歩く華凛はとても楽しそうで今にもスキップでも始めそうな様子。
そんな彼女を後ろから伺いながら、私は少し肩を落とした。
(・・・いいのかな)
私が、華凛を一人占めしてしまっていいのだろうか。
時折感じる不安と、罪悪感。それと・・・微かな優越感。
クラスでも人気者の彼女が、この時間は私だけの物。そんな暗い喜びを感じる自分が少し嫌になる。
(だめ、駄目だ)
また勝手に落ち込んでいる。
悪い癖だ。誰かから何か言われたわけでもないのに、自分で自分を責めて、落ち込んで。
そうやって暗くなって、また自分を責めて。
そんな負のスパイラル。
(・・・・よし)
目を閉じて軽く深呼吸。
胸の裡のもやもやを吐き出すようにして、心をリセットする。
顔を上げればちょうど学食に着いたところだった。
「そんじゃ恵子」
「うん、席を取っておくね」
券売機の列に並ぶ華凛に声を掛け、私は空いている席を探し始めた。
今日は少し混雑気味なようでどこも絶妙に席が空いていない(小さいテーブルはともかく、長いテーブルだとグループ毎に一つ席を空けて座ったりするものだから、飛び飛びにしか空いていないことがあるのだ)。
それでも少し奥の方に行くと丁度角のところが対面で二席ずつ空いているのが見えた。
私は奥側の端っこに座り、その正面の席に自分の弁当箱を置いて席を確保した。
「ふぅ・・・」
小さく息を吐いてリラックス。
顔を上げて周りを見渡すと、たくさんの女生徒たちが楽しそうに話をしているのが見える。
・・・いろんな子がいる。
背の小さい子、体の大きい子。髪を染めている子、三つ編みの子。
眼鏡をかけている子、マスカラを付けている子。えくぼの可愛い子、チークがのっている子。
ただ一つ同じなのは、みんながキラキラしている事。
(あぁ、いいなぁ・・・)
みんな、みんな輝いてる。
中等部の子も高等部の子も、ここでは誰もがキラキラと輝いている。
(私もああいう風に)
輝けたらいいのにな―――
「・・・やぁ」
「っ!」
ぼーっと周りを眺めている私に声が掛かる。
聞き間違えるはずがない。この声は・・・
「ここ、空いてる?」
学食の茶色いお盆を持った、遥先輩だった。
――――――
<―華凛side―>
(どーれにしようっかな~?)
券売機の前に立ってメニューを選ぶ。
ここの学食はとても優秀で、日替わりメニュー(曜日で決まってる)が三つに定番品が三十種類以上。それに季節品などもあって毎日通っていても飽きることがない。
定番品もどうも地味に改良しているらしく、学食のおばちゃん曰く「日々進化しているのよ」とのこと。
「・・・ん、君に決めた!」
私は日替わりのB定食のボタンを押した。
今日は鰈の煮つけらしい。食欲のそそる甘い醤油の匂いがここまで漂ってきて、それに惑わされたのだ。
「んふー♪」
食券をさっと取って定食の列に並ぶ。
幸い今日はここの列は空いているみたいで、すぐに食事を受け取れそうだ。
五分程度で定食を受け取って、お盆を抱えて恵子の姿を探す。
どうやら今日は少し混んでいるみたいで中々見つけられない。
それでも少し奥にいると、机の端に座る彼女を捉えることが出来た。
(・・・ふふっ♪)
恵子はとても引っ込み思案な子だ。
なので探す時はまずはじっこの方を見渡すと、ちょこんと座っている姿が見つけやすい。きっと端が落ち着くのだろう。
彼女を認めた私は真っすぐにそこに向かう。
・・・と、その途中で隣に座る人に気が付いた。
(あっ・・・)
腰まで届きそうな長い髪に綺麗なダークブラウンの瞳。
モデルみたいに小さな顔と、高い鼻筋。
・・・そう、見城遥先輩だ。
「すぅ・・・、ふぅ・・・」
立ち止まって軽く深呼吸をする。
呼吸を整えつつ顔の表面、睫毛の一本一本に至るまで神経を張り巡らせる。
(―――よし)
「お待たせー!」
笑顔で恵子に声をかける。
すると見城先輩を意識しておどおどしていた恵子の表情がパッと明るくなった。
「あ、華凛!」
向けられる笑顔に喜びを感じながらも、小さく胸が痛む。
「あれ、見城先輩じゃないですか」
さも今気づいたかのように隣に座る見城先輩にも声をかける。
先輩はこちらに目を向けると、上げていた箸を置いて微笑んだ。
「やぁ、確か・・・華凛ちゃん、だったかな。お邪魔しているよ」
「いやー、お邪魔だなんてそんな。天下の見城先輩が!」
「そんなに大層なものではないと思うけどね」
私の"お世辞"に先輩は苦笑する。
隣に座る恵子は「そんな!先輩はすごい人です!」とでも言いそうな雰囲気。
「そんな!先輩は素晴らしい人です!」
いや言った。
本当に見城先輩を前にすると、恵子はいつもの落ち着きが嘘のようにパタパタし始める。
まるで主人を前に跳ね回る子犬のよう。うれションでもしてしまいそうだ。
(・・・おっと、はしたない事を考えてしまった)
ちょっと思考が粗雑というか、乱暴になってきている。
落ち着かねば。
(すぅ・・・、ふぅ・・・)
心の中だけで深呼吸をする。
二人は私の前で楽しそうに話をしている。
(すぅ・・・・・・)
もう一度深く深呼吸。
恵子が顔を真っ赤にして手を振っている。見城先輩を前にしたときだけに見られる、表情。
(ふぅ―――)
少しだけ瞳を閉じて、外界をシャットアウトする。
・・・大丈夫、いつもの事だ。慣れてる。
「―――華凛?」
目を開けると恵子が少し不思議そうにこちらを見ていた。
私だけに向けられた瞳に少し心が解れる。
「ん?どうかした?」
「ううん、何だか静かな気がしたから・・・」
変なところで聡いんだから。
苦笑いしてしまいそうになるのを抑え込み、私はお腹に力を入れていつもの声を出す。
「いやー、気のせいじゃない?それか・・・」
「・・・それか?」
「恵子が普段と違ってはしゃいでるから、相対的に静かに感じたんだよ」
「華凛っ!!」
「あははははっ♪」
顔を真っ赤にして怒り出す恵子、それを見て笑う私。
素晴らしいくらいにいつも通りの風景。
小さな胸の疼きを感じながら、私は少し冷めた鰈に箸を伸ばした。