百合好きによる百合小説掲載ブログ

現在公開している小説は長編一本のみです。投稿順に読んでいただければ問題ないので、初めは「私立桜花女学園・恵子の場合①」からスタートして下さい。またこのシリーズには性的な描写を含む場合があります。

私立桜花女学園・遥の場合③

私の謝罪にきょとんとした顔をする。
先の混乱ぶりから察するに、なぜ自分がここにいるのか、そもそもここがどこなのかわかっていないのかもしれない。

「覚えてるかな、体育館で・・・」
「体育館・・・・あっ!」

そこで漸く彼女も思い出したらしい。

「す、すみません!私ぼーっとしていて・・・!」
「いやいや、悪かったのは私の方だから」
「そんな、私がどんくさいせいで・・・!!」
「いや、私が―――」

お互いに謝りあってしまう。
まるで漫画の一ページみたいだなと思ったらなんだかおかしくなった。

「・・・ふふっ」
「あ、あはは・・・」

私につられたのか、彼女も小さくはにかんだ。
先程もまでの慌てふためいた様子とは違い、恐らくはこの子の素に近い表情。

  ――――――トクン

「ごめんなさい、笑ったりして・・・」

先程までより幾分落ち着いた様子で再度謝ってくる。
私としてはこの子の謝罪は全面的に否定したいのだが、不毛な流れになるのがわかっているのでこれ以上は反論しないことにした。

「いいえ、こちらこそごめんね。重ねて聞くけど、本当に大丈夫?」

これだけは確認しなければと思い再度尋ねる。
彼女も今度は自分の身体の様子を少し鑑みてから答えてくれた。

「はい、大丈夫だと思います。痛みも殆ど感じませんし・・・」
「・・・そう、良かった」

少しは痛むという事か。
言及すると否定するだろうから心の中に留めておくことにする。
ちらりと時計を見ると午後五時を回っていた。私にとってはまだ遅い時間ではないが、彼女にとってもそうとは限らない。

「えっと、かばんは教室かな?よければ取ってくるけど」
「そ、そんな!自分で行くから大丈夫です!」

慌てて立ち上がろうとする彼女の肩をそっと押さえる。

「ひゃぅ!」
「あ、ごめんね。でもあまり急に動かないで?」
「は、はいぃ・・・」

途端顔を真っ赤に染める。
大人しく座りなおしてくれる彼女を見て、

(ああ、可愛らしいな・・・)

と素直に感じる。

「私に遠慮してくれるのは嬉しいけど、今回だけはわがままを聞いて?少しくらい何かしてあげられないと私が辛いの」
「そんな・・・でも・・・」
「お願い。私の為に・・・ね?」
「・・・はい」

ちょっと強引に言いくるめて立ち上がる。
と、そこで私は彼女の名前すらまだ聞いていない事に気が付いた。

「それじゃあ、クラスと名前を教えてもらってもいい?」
「は、はい!!1年7組、高橋恵子です!」

私の言葉にわたわたしながら答える。
何だかとても穏やかな気持ちで私は彼女の教室へ向かった。

 

確認した席からカバンを取って、保健室に戻る。
どうやら先生も戻っていたようで、ノックをすると彼女の声に迎えられた。

「遥ぁ、お前いねぇじゃねぇか」

そういえばここで待機するよう言われてた気もする。

「叶ちゃんが勝手に出て行ったんでしょ?」
「うっせ、叶ちゃん言うな」

養護教諭・獅童叶(しどうかなえ)が顔をしかめる。
どうも自分の名前が好きではないらしく、彼女をあしらいたい時はこうやって名前で呼ぶことにしている。

「まぁ誰も来なかったみたいだしいいさ。んなことよりお姫様がお待ちだ」

そう言ってあごでベッドの方を示す。実に品がない。

(しかし、お姫様って・・・)

その呼称に苦笑いしてしまい(多分私が"そうやって"抱えてきたからだろう)、しかし何となくその呼び方がしっくりと来ていた。

(・・・お姫様か)

私と違って可愛らしい彼女にはお似合いかもしれない。
シャッとカーテンを除けると、恵子ちゃんはベッドに座って固まっている。或いは私が出て行ってから微動だにしていないのではとも思える固まりぶりだ。

「お待たせ」

顔を上げた彼女に声を掛けるとまたしても彼女は真っ赤に染まった。

「い、いえっ、全然待ってなどないです!本当です!」
「慌てすぎ慌てすぎ、ほら深呼吸して」
「はひ!・・・すぅ・・・」

律儀に深呼吸する。ここであれをやったらまた噎せるのだろうか。
少し待って落ち着きを取り戻した彼女と一緒に保健室を出た。
先輩からそのまま帰っていいとの言は得ていたため私も既に着替えてカバンも持ってきている。

「あの、!本当に大丈夫ですからっ!」

そう言って付き添おうとする私に断りを入れられたが、今回も"お願い"して送らせてもらう事にした。
門を出て長い下り坂を並んで歩く。隣にいる少女は顔を伏せ地面を見つめながら歩いている。

(・・・何だか変な感じ)

部活メンバー以外と帰路に着くなんて、陽菜以外では初めてかもしれない。
少なくとも二人きりではそうだと思う。
私の不注意による事故から始まった縁だが、何となく私はこの繋がりを手放したくないと、そう思い始めていた。

あまり大した話もせず、程なくして彼女の家に着いた。
住宅街に並ぶよくある一軒家の一つ。ここもまた、今回の事がなければ私にとっては風景の一つだった事だろう。

「その、わざわざすみませんでした・・・」

恐縮した様子で彼女は深々と頭を下げた。
最初のうちこそ私が相手だからこういう態度なのかと思っていたが、案外この子は誰に対しても姿勢が低いのかもしれない。

「さっきも言ったけど、謝らないで。私がわがままでやってるんだからさ」
「は、はい・・・えと、その・・」

私は自分がサバサバしている性格である故か、基本的におどおどしたり優柔不断だったりするタイプが苦手だ。
しかし不思議と、この子の場合はそれがあまり気にならなかった。

「・・・それじゃあその、ありがとうございました」

ほにゃっとした笑顔。
それを見て、少しだけ私の―――

「・・・うん、そうだね。お礼の方が嬉しい」
「はいっ」

微笑みを保って私は返した。
意識していないと、表情が崩れそうな気がした。

「ゆっくり休んでちょうだい。万が一痛み出したり気持ち悪くなったりしたら必ず病院に行ってね?」
「はい、わかりました」
「それじゃあ・・またね」
「ま、また・・・です」

小さく手を振って彼女と別れる。
少し歩いてから振り返ると、彼女はまだ家の前に立ってこちらを見つめていた。
その姿に何故だか鼓動が乱れ、私は少し早足で自宅へと向かった。