後ろ手にそっとドアを閉め、私はそのまま玄関に崩れ落ちた。
「ふぁぁぁ~~・・・・」
先輩と、あの遥先輩とおしゃべりしてしまった。一緒に下校してしまった。
(やばい、やばいよぉ・・・)
体に力が入らない。なけなしの体力はここまでに全て使い切っていた。
顔に手をやるまでもなくそこが熱を持っているのがわかる。
私は先程までの事を思い出してみた。
(先輩、近くで見ると信じられないくらいに素敵・・・)
先輩は気付いていなかったと思うが(というかそうであってほしい)、下校中、私はもちろんちらちらと先輩の事を窺っていた。
そのお姿たるや、美が人の形をもって顕現したかのような麗しさ。
まるで先輩の周囲だけが別世界の様に輝いていた。
はっきり言って帰ってくるまでに何を話したかなどの記憶は一切ない。ただその姿だけが目に、脳裏に焼き付いて離れなかった。
(失礼な事だけ言ってなければいいけど・・・)
別れ際の先輩におかしな様子は見受けられなかった・・・と思う。
なので少なくともまずい言動はなかった、はずだ。
その上―――
(・・・「またね」って)
またねって。・・・またねだって!
またっていう事はまたこういうことがあるのだろうか。また先輩と一緒に歩くことが出来るのだろうか!
(いやいや社交辞令だよ。というか、普通の挨拶・・だよね)
じゃあね、とか。ばいばい、とか。
そういうものと変わりない意味合いだと思う。
それでも、それでもやっぱり、「またね」という言葉はすごく嬉しかった。
(・・・うふっ)
「うへへへへ・・・・」
「―――恵子、帰ったの?」
「ひゃーい!!?」
ぐへぐへとだらしなく浸っているとお母さんが顔を出した。
玄関に座り込む私を見るや怪訝な顔を浮かべる。
「あんた・・・そんなところで何してんの」
訝し気に尋ねられる。
どうも料理中のようで、エプロンをかけお玉を手に持っている。
「な、何でもないですっ!」
呆れたような視線に少し強く反駁し、慌てて立ち上がって私は自室へと駆け出した。
「もうご飯出来るから、着替えておきなさいね!」
「はーい!」
にやけ切った顔が、見られてないといいんだけど。
夕食を済ませ、お風呂に入ってから自分の部屋に戻った私は、ベッドの上でゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
SNSを通じて友人の華凛と話をしている。
『そんでまぁチャットでまでうきうきなわけだ、恵子さんは』
『えへへ~、そうなんですよぅ』
ハートと音符の飛び交うような私の言葉はさぞかし華凛にはうざかった事だろう。
それでも私はこの喜びを誰かに伝えたくてしょうがなかったのだ。
『よぅ、じゃないわよ。全く・・・』
華凛の呆れ顔が目に浮かぶようだった。
『それよりさ、明日は空いてる?実は駅前にケーキバイキングが出来たらしくってさ、一緒に行かない?』
『ケーキ!いいね、けーき・・・』
『しかも食べ放題ですよ、奥さん。これは一度行きませんと』
『ですなぁ』
話題は休みの予定に移って、二人で待ち合わせの時間などを決める。
遥先輩の話をもっとしたかったところではあるが、スイーツの話であれば仕方ない。
だって女の子は「しゅがすぱアンドえとせとら」(ちなみにこの言葉は華凛が生み出したもの。元は「女の子って何で出来ている?」のあれから)なのだから。
『そいじゃ11時に改札前に集合ね』
さくっと時間を決めて、後は寝るまで適当におしゃべりをしていた。
他愛のない話をしながら、ふと考える。
(もし―――)
もしこの先、遥先輩と仲良くなることが出来たなら。
(こんな風に、一緒に出掛ける約束をして、休日に会って・・・)
そんな素敵な日々が、或いは訪れる事もあるのだろうか。
そうなったら―――
(そうなったら、きっとすっごく幸せだろうな)
そんなことを夢見ながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。