私、見城遥はバレー部で一応"エース"と呼ばれる立場にいる。
高一の夏、スポーツ特待生でこの学校に入学した私は順調にレギュラーの座を勝ち取り公式戦にも出場。
惜しくも全国への切符は逃したものの、私は一年生唯一のバレー部スターティングメンバーとして十分な結果を残した。
結果、活躍のうわさを聞いた女生徒達(この頃は中等部の子が多かった)が体育館へと詰めかけるようになり、それが常態化するのに時間はかからなかった。
「見城さん、今日も格好良かったです!」
練習が終わると大抵何人かの女の子が私の元へと詰め寄る。一度先輩に「大丈夫?迷惑じゃない?」と聞かれたがさして支障があるようには感じなかったのと、私自身ちやほやされて悪い気はしなかったので「声援をもらえるのは嬉しいですから、大丈夫です」と答えた。
先輩は少し眉を顰めたが、言葉でいい重ねても意味がないと思った私は練習に打ち込むことで先輩に応えることにした。それが功を奏したのかはわからないが、それ以降先輩がその事について何か言う事はなく、私にも今まで通りに接してくれた。
三年の先輩たちの卒業の日、その先輩に個人的に呼び出された私はあの日のあれが嫉妬心から出た言葉だったのだと聞かされた。
「―――最後に私の想いだけ知ってほしかったんだ」
そう言って微笑んだ先輩に、何故だか心動かされて私は涙を流した。
泣きたいのは先輩の方であっただろうに、彼女は私の事を真摯に慰めて、そして別れの言葉と共に去っていった。
そうして二年目の高校生活が始まった。
――――――
私は実はあまり友達が多い方ではない。
というのも私はこの学校の中途組なので(高等部から入る生徒は年によるが10-30人程度。クラス辺りでは1-3人となって、しかも半分以上がスポーツ特待生なので各々が部活動に打ち込んでおり横の繋がりが薄い)、クラスメイトの多くは顔見知り、生徒の多い学校なので全員が知り合いというわけでもないだろうが、やはり三年間同じ学び舎で過ごすとある種共通の"雰囲気"を纏うのだ。
そんな中私は入学当初からの異端児。加えて部活での活躍が目立ち始めてからは更に周りから人が減った。もちろんそれが悪意による孤立ではないとは分かっていたが、やはり一抹の寂しさは感じるもの。
その寂しさを埋めてくれたうちの一人が、今ここにいる九条陽菜(くじょうはるな)だ。
「はるかぁ、今日の放課後空いてる~?」
何ともとろけた口調で話しかけてくる陽菜はすっと屈んで上目遣いにこちらの顔を覗く。普通の女の子より少しふっくらした唇がくっと突き出されている。
「放課後は今日も部活。知ってるでしょ?」
「えぇ~??じゃあ~、その後は~?」
眉を顰めていやいやをする彼女は、恐らく男性目線で言えば愛らしい事この上ないのだろう。
残念ながら同性愛者であるこいつが男に絆されることはないのだが。
「部活の後?・・・あー・・・無理ではないけど、でもなぁ・・・」
「・・・用事でもあるのぉ?」
ぐっと顔を近づけて瞳を合わせられる。
ぱっちりとした瞳はとても女の子らしく、目の細い私には少しだけ羨ましい。
「いや、別にないけど・・・」
「・・ないけど?」
「・・・・・・だるい」
「ひどぉい!!」
まるで"ぷんぷん"という擬音が見えそうな怒り方だった。
「いやそう言うけどね、それなりにハードなんだよ」
「わかってるけどぉ、でも倒れるほどは疲れないでしょ~??」
「それはそうだけど・・」
どうしたもんかなぁと内心で頭を抱える。
陽菜は少し天然で若干うっとうしいところもあるが大切な友人であり、私は親友と思っている。
しかし何せ相手をすると疲れる。
特に部活後に相手をすると体の疲れに精神の疲れが上乗せされ、それはもう本当に疲れる。
(んー・・・でも最近あんまり一緒にいてあげてないからなぁ)
いてあげる、何て言うと少し上からのようであるが実はこれは彼女の親の言で、「陽菜は貴女の事が大好きみたいだから、たまには一緒にいてあげたりかまってあげたりしてね」とのこと。
それ以来私は少し意識して陽菜と一緒の時間を増やしていた。無論これは言われたからやるという義務感だけでなく、真実私が彼女に好意を寄せているからであると念のため言い訳をしておく。
「あー・・うん、わかった。そんじゃ部活終わるまで待ってくれる?」
「やったぁ!まつまつ~♪」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ陽菜。
こうも嬉しそうにされるとさすがの私も少し照れる。
「それじゃあ終わったら迎えに行くけど、どこに行けばいい?」
「ん~・・・わかんない。メールする~」
「はいよ」
仮にも強豪校。部活の時間はそれなりに長いためかなりの時間陽菜を待たせることになってしまう。
以前彼女にその事について聞いたが、「ん~、でもいつの間にか終わってるからあんまり待った感じはしないよぉ?」と言われた。それが遠慮ではなく本心からの言葉だとわかったので、それからは変な罪悪感は持たないことにしている。これで読書好きなので図書室で本でも読んでいるのだろう。
「それじゃ、また後で」
「いってらっしゃ~い♪」
彼女の投げキスに手を振って返し教室を後にした。
少し時間を使ってしまったので急ぎ足で体育館へと向かう。
更衣室に入るともう人はまばらで既に練習の音が聞こえ始めていた。
私もさっと練習着に着替えるとロッカーを閉じて体育館に入る。
中はネットやボールの準備をする一年生と、軽く体を動かしたりストレッチをしている二、三年生に分かれていた。
「遥~、こっちゃこ~い」
呼ばれて振り向くと神代優愛(かみしろゆあ)先輩がぺたっと座り込んで手招きをしていた。優愛先輩はうちのスタメンの一人で、私が一年の頃から特にお世話になっている人だ。
「ストレッチですか?」
いつもの事だが一応要件を尋ねつつ私は先輩の後ろに回る。
「お~、ぐっと押してくれ」
要望通り背中からゆっくりと体重をかける。
ぺたんと床につくほどではないものの、体の柔らかい先輩の身体がぐっと前に倒れた、
「んんー・・・」
先輩の呼吸に合わせてストレッチを手伝う。
もう一年も続くと慣れたもので、何も言われずともしてほしいことはわかっていた。
「んあ~・・・遥~、気持ちいいよぅ・・・」
くだらない事を言っている先輩は無視してさくさくと進める。
数分ほどで先輩の番は終え、今度は私が手伝ってもらう。
「ぐふふ、遥ちゃんの身体はどこもやわこいですなぁ・・・」
今日はテンションが高いらしい。
これ以上スルーすると勝手な事をし始めると経験から分かっているので、私は不精不精返事をすることにした。
「はいはい、有難うございます。先輩も柔らかかったですよ」
「もう、遥ちゃんてばツマラナイお返事・・・」
「先輩に鍛えられましたからね」
ぐっと腕を伸ばしながら答える。
先輩は言葉通り詰まらなさそうにしているがこれもポーズだ。
「後輩の成長に私は涙がちょちょぎれちゃうよ」
「泣くのはいいけど練習ではちゃんとして下さいね?」
「いけず・・・」
そんな感じで戯言を繰り返しているうちにコートの準備も整って時間になる。
「よし!それじゃあ今日も始めるよ、部長!」
「はい!」
コーチに指名された部長が全体に号令を掛け、練習が始まった。
「遥!」
「はい!」
「みさきち!」
「はいっ!」
声を出しながら順にスパイクを受ける。
ボールを拾った腕の痛みを心地よく感じながら(あ、マゾではないからね?)練習時間は少しずつ過ぎていく。
・・・と、何となく扉の方に目が行った。
そこにはいつもの見学の子達が並んで立っている。一時期の異様なほどの見学者の数ではなくなったものの、今でもあそこには何人かの女の子が変わらず立って私に応援の言葉をかけてくれている。
その中に見た事のない子が混じっていた。声援をかけ続けてくれる子達の中で、その子だけは俯きがちに端の方に立っている。
「―――次!試合形式行くよ!」
「「はい!!」」
何故か彼女が気になった私は練習の合間にこっそりと彼女の方を窺った。
身長は多分平均くらいで、体は・・・気持ちふっくらしてる?
顔は良く見えないが多分可愛らしいタイプ。少し長めの黒髪がライトの光を綺麗に反射していた。
「・・・・・」
何度か目を向けた結果、彼女もまた私を見にここに来たことが判った。
前髪に隠れた瞳がちらちらとこちらを窺っている事に気付いたからだ。
・・・そんな風によそ見をしていたせいだろう。
「遥!!」
「―――!?」
声に反応するとボールが迫っているのが見えた。
練習の賜物か、体はとっさに反応してボールを受けるがうまく上げられずにそれが横へはじけて―――
(―――しまった!)
と思った時には先程の女の子の顔にぶつかっていた。
「ちょっと大丈夫!?」
近くにいた仲間が声をかけるも反応はなし。
もろに顔面にいったため気を失っているらしい。
「あー、まずいかな・・・誰か保健室!」
先輩の呼びかけで一年生が集まる。
とはいえさすがにここは任せるわけにはいかない。
「すみません!私が運びますから!」
声をかけて私は彼女の身体を抱き上げる。
ふっくらとしていて、見た目よりも軽く感じた。
「ん・・・そうだね、遥が行きなさい。今日はこのまま戻らなくていいから」
「はい。本当にすみませんでした」
「大丈夫だから早く行って。軽い脳震盪だろうけど、念の為ちゃんと診てもらった方がいいから」
「はい・・・」
先輩の言葉に少し不安になるも、ここに居ても事態は改善しない。
私は急ぎ保健室へと向かった―――