「起立、気を付け、礼」
「「お疲れ様でした」」
最後の授業が終わって放課後、勉強で固まった体を少し伸ばして周囲を見やる。
待ってたとばかりに部活に向かう人、友人と談笑する人、さっさと帰り支度を整えて帰宅する人・・・大体その三パターンに分かれた生徒たちがそれぞれに動き出している。
私はというと―――
「恵子、今日も先輩のところ?」
さっと身支度を終えた華凛が私に声をかける。
「・・・うん、少しだけ寄ろうかなって」
「マメだねぇ」
華凛の苦笑いを受けるのももういつもの事。
華凛と違い帰宅部である私は本来終業後の学校に用はない。けれどここしばらくは毎日のように通っている場所があった。
(少しだけ、少しだけでいいの)
そう、それは体育館で練習しているバレー部の活動を見に行くこと。
言うまでもない事だがバレー部に興味があるわけではなく・・・
「うんうん、恋する乙女ですなぁ・・・」
「華凛っ!」
小さく窘めるが勿論図星。
だってバレーに興味がないのに練習を見に、それも毎日のように通うだなんて余程の理由がない限りしないもの。
(・・・そう、これは恋なんだ)
口に出したことはないけど、それはもうわかってる。
華凛は茶化すように言ってくれるので冗談のように怒ったりもしているが、彼女だってこれが「本物」だって分かっているのだと思う。
多分それは、彼女なりの優しさなんだ。
万に一つも叶わないであろうこの想いで、私の心が闇に沈んでしまわないようにと。
「そいじゃー私も部活に行こうかね」
ちなみに華凛は美術部に入っている。
普段奔放で明るく良くも悪くも大雑把な彼女だが、とても繊細な絵を描くのだ。
知り合って間もない頃に初めて華凛の絵を見た時の衝撃、感動は今も覚えている。文字通り、あの絵には心を奪われた。
「ん、頑張ってね」
「はいはい。恵子もね~」
また明日、と挨拶を交わして彼女は教室を出て行った。
もう教室に残った人の数も随分減ってきている。後ろの掃除用具入れから今週の当番が箒を取り出しているのが見えた。
(私もどかなきゃ)
彼女たちの邪魔にならないよう机を片付け、私も教室を後にした。
――――――
放課後の体育館、そこでは多くの部活動が行われている。
この学校はどの部活もそこそこに活躍しているが、バレーボールやバスケットなどの球技も例に漏れない。
体育館はとても広く、しかもそれが四つもある為それぞれの部活動は練習スペースをしっかりととって今日も汗を流している。
その内の一つ、第一体育館で今日もバレー部は練習をしていた。
「―――行くよ!もう一本!!」
威勢の良い掛け声とボールの弾ける音が外まで聞こえてくる。
第一体育館は二階も渡り廊下で校舎と繋がっているため(校舎では三階になるが)、私はそこを歩いてそっと中に入る。
「ジャンプ低い!もう疲れた!?」
「まだ行けます!」
すごい熱気に委縮しながら、私はひっそりと「定位置」へ向かった。
体育館の壁を支える柱、そのうちの一つの影に私は座り込む。
(良かった・・・二階、誰もいない)
バレー部は非常に"見学者"が多い。
大体の子たちは一階の大きい扉から黄色い声援をあげているため二階にはあまり来ないのだが、たまには二階に人がいることだってある。
とはいえ今日は誰もいないようなので、私はほっとしつつ練習に目を向けた。
今はスパイクの練習をしているようで、並んだバレー部員達が次々と上げられる球を叩きこんでいる。
早いローテーションで、すぐに遥先輩の番になった。
「―――っ!!」
高く飛び上がり、力強くボールを叩く。
鋭いスパイクがコートに弾けた。
「「「きゃぁぁぁぁ!!」」」
一層高い声援が上がる。
素人目にも威力の違う先輩のアタックに胸がドキドキと高鳴った。
(あぁ・・・遥先輩・・・)
先輩は列の後ろに戻り、その間に他の部員達が次々とボールを打ち込んでいく。
だけど私の目にはもう遥先輩しか映っていなかった。
「あ・・・はっ・・・」
興奮に呼吸が少し乱れているのが分かる。
胸をきゅっと握るも、動悸は収まる気配を見えない。
(先輩・・・遥先輩・・・)
先輩の、汗を吸って張り付いた練習着に目が吸い寄せられる。
豊かな胸元に、肌の色とは違う仄かに赤味がかった色合い。それが何であるかは考えるまでもなかった。
先輩は真剣な表情で練習に打ち込んでいる。凛々しい横顔に一層胸が高鳴った。
(せんぱい・・・っ)
体が熱い。意識が微かに朦朧としている。
視界がうっすらとぼやけ、それでも遥先輩の姿だけが鮮明に脳へと刻み込まれる。
「ふっ・・・ん・・・」
気付けば私の左手を両の腿が挟み込んでいる。
それを見やり再度先輩へと目を向けると、下腹部がズクンと小さく疼いた。
(あぁ・・・あああ・・・)
ぼやけた視界で周囲を見渡す。先ほどから変わらず二階には人の姿はない。
そして、この位置はコートからではせいぜい胸の位置までしか見えない。
「だめ、だめだよ・・・」
小さく呟くも左手の位置は変わらない。
それどころか、先程よりも体に近い位置にそれはあった。
・・・腕が、ゆっくりと上下に動く。
「んくっ・・・」
ピリッと電流が流れ、小さく体が跳ねる。
そっと指だけを伸ばして私はソコに触れた。
(あぁ、もうこんなに・・・)
指先に湿り気を感じる。
その場所は汗でもかいたかのようにじっとりと濡れ始めていた。
・・・そう、汗でもかいたかのように。
(先輩、私、わたしも・・・・)
こんなにびっしょりと濡れている。先輩とおんなじ。
ブロックに飛んだ先輩が着地すると同時に、流れる汗が体育館の床を濡らした。
もう汗を吸いきってびちょびちょになった練習着で、流れる汗をさらに拭う。
それを見て私は、まるで自分の"汗"が先輩の着ているものに染み込んだかのような錯覚を覚えた。
「ふぁぁ・・・せんぱぁい・・」
ぐちょぐちょと、流れる液体が先輩の身体を濡らしていく。
自分の手の動きがいつの間にか段々と激しくなっている。
「―――ラスト1セット!」
「「はい!!」」
眼下で行われる試合形式の練習。そこにはもちろん先輩も参加している。
その動きが激しさを増す度に私の動きも増していく。
(あっ・・あっ!もう・・っ)
身体がひくひくと痙攣を起こし始める。
視界が徐々に白んでいく。
「遥!!」
綺麗なトスが上がる。先輩が少し助走をつけてボールに向かって跳ぶ。
―――ズバンっ!
相手チームのブロックを打ち抜いてボールがコートに叩きつけられる。
それと同時に、
「―――あっ!ひっ・・・っ!!」
そのボールを打ち付けられたかのように、私の身体が衝撃に跳ねた。
数度大きく痙攣して、そのままゆっくりと弛緩する。力の抜けた体を支えきれず、私はゆっくりと崩れた。
「あっ・・・はっ・・・ぁ・・」
乱れた呼吸をゆっくりと整えながら、私は少しの間だけ瞼を閉じる。
暗い世界の中に、力強い掛け声だけが響いていた。